まじめ系クズの主張

漫画の考察やライトノベルの感想をメインに書かせてもらっています

「ワイはアドルフ・ヒトラー。将来の大芸術家や」が定期的に読みたくなる

なんかこのスレは妙に面白いんだよなあ・・・・

 

初めて読んだときはもちろん面白かったですし何回読んでもその度に不思議と面白いんですよねこれが

 

多分もう初めて読んでから今日までに30回は通して読んでいる

 

一体何がそんな面白いんだろうか?

 

30回も読ませているということはそれに相応するだけの面白さだったり何かがあるはずなんですけどそれはちょっと言葉にしづらい類の面白さなんですよね

 

スレ主の筆致力もあるし単純に物語として完成度が高いというのもある。

 

そして何よりもこのスレを読むたびに「歴史にifはない」という大前提を前提にそれでもifに思いを馳せさせざるを得ない

 

もしヒトラー父親がもっと寛容な人間であったならば

 

もしヒトラーの母親が病で死ななかったならば

 

もしヒトラーが美術学校に入学できていたならば

 

もしヒトラー建築士として成功していたならば

 

もしヒトラーがクビツェクと出会っていなかったならば

 

もし・・・もし・・・もし・・・・・

 

人生万事塞翁が馬という言葉がありますけどこのスレを読むとそれを再実感させてくれるんですよね。多分上に挙げた『もし』が1つでも違っていたならバタフライ効果的にヒトラーは独裁者になることはなかったでしょうね。

 

まぁその場合僕も産まれていないでしょうけど(笑)

 

そんな感じのいくつかの要素が複合的に合わさって大体1ヶ月に一回くらいにこのスレに足を運んでしまう。

 

 

 

 

彼は今の僕の歳の23の時には多少政治的思想に偏りこそあるものの勤勉で夢に燃える何も持たないただの一人の青年に過ぎなかった訳で、それがなんの因果か歴史の潮流に乗って一国の宰相にまで成りおおせて死後72年経った2017年でも歴史上でも指折りの悪人の一人として語り継がれているという歴史上の単なる事実。

 

この単なる事実を思うときなんというかいわゆる『歴史の皮肉』みたいのをいつも僕は感じるんです

その辺のやや感傷じみている僕の感覚はクビツェクが書いた『アドルフヒトラー、我が青春の友』の日本語訳のアマゾンレビューページに載っていたすばるさんのレビューがほとんど僕のそれと同じなので一部引用させてもらう

 

私はこの本を読み終えてしばらくのあいだ、人間の運命の不可解さについて考えをめぐらせずにはいられなかった。

もちろん、「総統ヒトラー」が悪人であるということを、私は否定できない。
だが、ここに描かれている「青年アドルフ」を、だれが悪人であるなどといって断罪できるだろうか。
芸術を愛好し、社会的不正を許さず、夢想家で、怒りっぽいが情に厚く、礼儀を重んじる。
こういった人間を愛すべき青年といわずになんと呼ぶのか。

 

僕は特にヒトラーを嫌いでも好きでもなんでもなくて中学校の時の世界史の授業からの『悪いことをした人』というざっくりとした印象が長らく更新されていなかったんですけど2年前にこのスレを見て間違いなく日本人の標準以上にアドルフヒトラーに対する見識を深めるきっかけになったんですよね。

 

我が闘争(もちろん日本語訳ですけども)も読みましたしヒトラー関連の本を見つけて面白そうと思えば買うようになった

 

アドルフヒトラーという人間の是非はともかく(てか間違いなく悪人だけどw)この「ワイはアドルフヒトラー。将来の大芸術家や」は普通に読み物として面白いんで見たことない人がいたら一読をお勧めします

 

特に僕がスレで好きな部分は戦後にCIAに尋問をクビツェクが受けた時の下のやり取り

 

 

CIA「それなら、あなたは彼を殺すこともできたでしょう?」

(´・ω・`)「できたと思います」

CIA「ではなぜ、彼を殺さなかったのですか?」

(´・ω・`)「彼は、私の友達だからです」